訪問

　暖かく優しい空気に満ちた青空が窓越しに見えた。春らしい穏やかな光は、部屋の中にさしこみ、卓の周りに心地よい日溜りをつくっている。そういえば、北方の国からの訪問者は、こちらは春が早いと大層驚いておられた。

「皆、やっぱり疲れたみたいだな」
　慶国金波宮。王の私室で、周りの者たちの顔を眺め渡すと景王はため息まじりに言った。
「緊張しましたからねえ。同じ王様でも、延王をお迎えするのとは調子が随分違いましたからね」
　と禁軍将軍桓魋が言うと、
「ご立派だったわよねえ」
　と女史の祥瓊が言い、隣の女御の鈴も頷く。
「本来、王というのはあのように威厳のあるものなのですよ」
　と冢宰の浩瀚がしかつめらしく諭す。
「しかし、以前に比べれば随分和やかになられた……」
　と景麒が言ったが、こちらに同意するものはいなかった。
　陽子は、その他の顔も見る。大僕・虎嘯も桓魋達と同様な感想なようだが、言葉が出てこないようで少し困った顔をしており、太師・遠甫はいつもどおりにこにこと微笑んでいる。
「主上におかれましても、少しは泰王を見習って……」
「わかった。わかった。それはもう、楽俊に散々言われた」
　浩瀚のお説教を陽子はそう言って遮った。
　今日の午前まで金波宮は賓客を迎えていた。戴国国王の驍宗である。
　彼の訪問を慶は以前一度断っている。というのも、訪問の趣旨が泰麒捜索の礼を述べに、ということであったから。礼には及ばない、そのような余裕があれば戴国の復興に充てて欲しいと、そう答えたのだった。
　今回はそうではなかった。慶が延王からの依頼で引き受けた仕事の打ち合わせに、驍宗はやってきたのである。

　話は三月ばかり前に遡る。
　延王が金波宮にやってきた。用件は二つ。一つは、このほど雁の大学を主席で卒業した楽俊を、彼と陽子の願いどおり、慶国の官吏兼大学教官に迎えて構わないこと。そして、もう一つは、戴国から雁に留学生を受け入れてくれるよう頼まれているのを、慶国で受け入れてもらえないか、ということだった。
「どちらも、俺の国の大学が悪いからこうなるんだ」
　と渋い顔で延王は言った。
「楽俊には悪いことをした」
　延王に直接責任はないけれど、確かに雁の大学は楽俊にとって快適な場所ではなかったと陽子も思う。楽俊自身はあまり苦にしてなかったようだが、半獣で貧しさを隠さない彼に、大学のほとんどの者が冷淡であったことは聞き知っていた。だから、卒業後は楽俊の望むようにしてやりたい。それが、延王が楽俊を手放すことにした理由だった。
「戴からの留学生についても心配なのだ」
　戴は復興途上で未だ貧しい。豊かな雁に来ればその貧しさは一層目立つだろう。それに大乱の影響は彼らの学力にも影をおとしていよう。いきなり水準の高い雁の大学に来ては、知識の量ばかり競っているような気取った雰囲気の中で、いらぬ気苦労をするのではないだろうか。
　楽俊が味わった不快を、戴からの留学生に味わわせることになったら、驍宗に申し訳ないし自分も恥ずかしい。
「だから、楽俊のいる慶が良いと思うのだ。あいつなら、苦学する者の気持ちがよく分かるだろう。戴からの留学生にとって、良い環境だと思う」
　陽子はその依頼を快諾した。それは雁から戴に伝わり、戴から丁寧な礼状が届いた。そして、そこには第一期留学生と共に泰王が訪問し、慶の大学を視察したい旨、端正な字でしたためられていた。