訪問

「で、お互いの胸の内を訪ねあって収穫があった、ということでございますね」
　それはようございました。と浩瀚が言った。
「私にも、もう一度じっくり泰王とお話する機会があったらよかったんですがねえ」
　と桓魋が言う。陽子は怪訝そうに彼を見返した。
「桓魋は昨日お話したんじゃないのか。遠甫のところから桓魋のところにおいでになっただろう」
「おいでじゃなかったですよ」
　それは……と虎嘯が口を開いた。
「行かなかったんだよ。あれから泰王は俺と禁門に行かれたんだ」
「へえ。でも、どうして？　何をしに行かれたんだ？　それにどうしてそれを隠すのだろう？」
　陽子だけでなく皆不思議そうな顔で虎嘯を見た。
「ええと。まず、禁門を訪れるのは李斎に内緒にしたいからって泰王は言っておられたんだ。で、禁門では、俺と杜真に、李斎が大怪我をして禁門に現れたときのことを細々詳しくお尋ねだったな。それから、李斎が倒れこんだところにしばらく自分も立って、ひどく怖い顔で地面をにらんでおられた」
　そうだ、と虎嘯は顔をあげた。
「カレツ、ってやつだ」
「苛烈？」
「そうだ。李斎のことを聞いている間も地面を見つめている間も、ものすごく厳しい顔だった。みんなが泰王を指して言ってる苛烈って言葉はこういう時に使うもんなんだな、って思ったんだ」
　でな……。少し困った顔で虎嘯は続けた。
「ひょっとしたらさ、泰王は李斎のことお好きなんじゃないかな」
　へえ。陽子は吃驚して少しばかり間の抜けた声を出してしまった。
　ところが、祥瓊がぷっと吹き出し、くすくす笑いだした。
「そんなこと、陽子と虎嘯以外、みんなとっくに気が付いていたわよ」
「えっ、そうなのか？」
　見渡すと祥瓊だけでなく、浩瀚、桓魋、鈴、それに遠甫まで、何かを心得たような顔をしている。景麒が無表情だが、これは今関係ない。
「どうして、わかったんだ？」
「態度や言動をつぶさにみていれば自ずとわかります」
　と浩瀚。
「ちょっと段差があるだけでも李斎殿に手を差し出して、さりげなく手を握っておられたりしてましたしね。まあ、彼女を見る目をみればわかるもんですよ。男同士としては」
　と桓魋。
「あら、お部屋にいらっしゃるときもそうよ。李斎には右腕がないから細々手を貸してやるように、って陽子に言われたけど、泰王がいらっしゃるときはほとんど何もしなくてよかったわ。泰王がこまめにお世話を焼いているのだもの」
　と鈴。
「私はもっとはっきりと聞いているわ。あまり泰王が李斎の世話をなさると私達の仕事がなくなります、って泰王に申し上げたら、『わかるだろう？』といわんばかりに、にやっと笑って、『私の楽しみだから』なんておっしゃっていたわ」
　と祥瓊。
　あ、と陽子は思い出した。三月前延王も言っていたのだ。
「だが、あれでもな。泰王にもなかなか人間臭いところがあるのだ」
　これを話すと遠甫が言った。
「そう、確かに傑物でいらっしゃるが、延王に比べるとまだお若い。良い意味で、青いところもまだ残しておられる」
「ですから、以前に比べれば随分和やかになられた、と申し上げております」
　と景麒。麒麟にこういったことがわかるとは思えないが。でも。
「そうか……。わかった……ような気がする。けど、李斎の方はどう思っているのだろう？」
　陽子の疑問に皆が口々に答えた。
「まあ、何とも思ってないでしょう。あれでは」
「ぜんぜん通じてなさそうね」
「李斎ったら陽子並みに鈍感なんだもの」
「まあ、もう泰王もあきらめていらっしゃるとお見受けしますね」
　そうだろうか……。陽子は口をつぐんで考えていた。こういった方面は自分も疎いから、正解を知っているわけじゃないんだけど。でも、李斎はあの洞窟の一件から、泰王を見る目が変わったというような話をしていた。それは、今すぐ泰王を喜ばせるようなものではないかもしれない。けれども、彼女は泰王を以前よりもずっと近しく感じるようになったのは確かだと思う。
　泰王は彼女の変化にお気づきだろうか。ご自分ひとりで結論をだしてあきらめてしまっていないだろうか。もし、今度お会いする機会があれば教えて差し上げよう。そう、李斎のいない時にこっそりと。――だって、自分にとって大切なものは、他人がいてわかることが多いのだから。自分ひとりでは、見えないことだってあるのだから。
　陽子は、戴にも繋がっているはずの、春の青空を見上げながらそんなことを思っていた。