賭事

　日が高く昇り、冬の寒気も暖かな日差しに少しばかり譲ってやろうとするころ、李斎は自室をでた。承州の少女は心配して止めようとしたが、やはり延王には自分から出向いて自分で返答をしたかった。
　休み休み延王に当てられた部屋に近づこうとしていると、当の本人が現れた。
「何だ。寝ていなくてよいのか？　今からそなたのところに行こうとしていたのに」
「大丈夫でございます。それより……」
と李斎が話を続けようとするのを延王は片手でさえぎった。
「ああ昨日の件なら、驍宗殿から聞いている。気にするな。私は賭けに勝ったのだからな。だから機嫌は上々だ」
　賭けに勝った――とは昨夜主上の方が仰っていたはずだが。李斎は不審に思うが、それより、自分に向けられた好意に謝辞を述べるのが先だと考えた。
「蓬山に使者に立ちましたこと、お気に留めて頂いたそうで……」
「なんだ、驍宗はそんなことまでそなたに言ったのか」
　延王は呆れた声をだした。
「ほう、で、それは一番鶏の鳴く前か後か？」
「……前でございました」
　彼は神妙な表情でしばし宙を見、ため息をつきつつこう言った。
「驍宗殿は本当に律儀な男だな……」
　それから興味津々といった顔で李斎に尋ねた。
「で、他に何も言っていなかったか？自分のこととか」
「他に……でございますか？」
　ああそれでしたら、喜色満面で彼女は答えた。
「私の進路をお決め下さいました。当分台輔の傅相を勤め、その後は主上の補助にあたります」
「驍宗の側で仕事をするわけか」
「はい」
「なるほどな……」
　あの男も考えるではないか。性急な癖を改めるつもりだな。延王は愉快そうな様子で再度、この一件については気にしなくてよいのだ、と李斎に言ってやった。
「私は賭けに勝って儲けたからな。驍宗殿には一つ約束してもらった。戴の復興成った暁にはこの鴻基に賭場を作ってもらうのだ」
「賭場？　ですか？」
「そうだ。内装は豪華に。そして美姫をたくさん侍らしてもらう」
「そのような場所なら延にもたくさんあるのでは？」
「いや、延の国内は駄目だ駄目だ。すぐ官達が宮城に連れ戻しにやって来るし、その後も散々説教をくらってしまう。慶でもよいのだが、慶王がいい顔をしない。あいつも真面目だから。その点驍宗殿はよいな。今回も賭けにのってくれたのだし」
「……悪趣味かと存じます」
「人が悪いのはそなたの方だ。そなたは男の心に頓着しなさ過ぎるぞ。いいか、次はこんなに無下に扱うのではないぞ」
――次回は気をつけよ、とは叱責の常套句である。李斎は、延王の言う「次」とは誰でいつなのか、全く気に留めることなく、申し訳ありませんでした、と述べた。
　やれやれ。戴は驍宗の辣腕でとっとと復興するだろうが、彼自身の前途は多難だな。延王はこの国の王たる男を気の毒に思って、天を仰いだのだった。