桜花の散

　真っ青な空に、無数の桃白色の花が拡がる。今を盛りと咲く桜。それを見上げて延麒は言った。
「やっぱ桜だよなあ、蓬莱生まれの者にとってはさ。なあ」
「そうですね」
　隣に座る泰麒も微笑みながら応じた。
「こっちじゃ、花と言えば梅の花の方が大切らしくて、梅林なんかつくるのには熱心なんだけどさ。桜はあんまり植わってないのな」
　確かにここ白圭宮でも梅林はあるのだが、桜は他の花の咲く木と同列に扱われ、ところどころにしか植わっていない。その中でも比較的桜が纏まって植えられた場所にある四阿を選んで、泰麒は雁からの二人の客人――桜を愛でる胎果の王と麒麟の二人――をもてなしていた。
この戴国の国主が王后を立てる、その儀式の前日のことであった。

「桃の季節に求婚して、桜の頃に結婚か。泰王は相変わらず性急だな」
　延麒の言に、泰麒は苦笑しつつ主を庇う。
「想っておられた時期が長くていらっしゃいましたから。随分お待ちでいらっしゃったのですよ、驍宗様は。それに華燭の典と言っても、ごく質素なものでよいからというのがお二人のご意向で。だから準備もたいして必要なかったんです」
「ああ、でもさっき見せてもらった婚礼衣装は良かったな」
　婚礼の儀を明日に控え、李斎は最後の衣装合わせを行った。氾王から贈られたそれは、随所に繊細な装飾が施され、慶事に相応しい華やぎに満ちたものだった。かといって、華美に流れて、元武人であった李斎の凛とした美しさを損なうものでは決してない。纏うものの美しさを最大限に引き出す氾王の見立ての良さに、白圭宮の者達は思わず唸らされずにおれなかった。
　しかしながら、李斎がここまで美しい輝きを放つとは氾王自身も思っていなかったのではないか。落ち着いた優しい色目の衣装のなかでゆったり微笑む彼女は、想う相手と結ばれる喜びに満たされ、まるで彼女自身がほんのりと光を放っているかのような趣があった。
　衣装合わせに立ち会い、李斎の姿を見た泰麒、延麒、延王の三者は三様にため息を漏らした。
「綺麗……。とても綺麗です、李斎」
「いやあ、本当に見事な花嫁姿だな、これは」
　若い二人の声の後に一拍遅れて、太い大人の男の声がした。
「……美しいな」
　延王のその一言には、ほんのごくわずかながら苦いものが含まれているように泰麒には感じられた。

「あの、そろそろあのお二人もこちらにお呼びした方が……」
　泰麒が心配そうな顔を延麒に向ける。延王と延麒をもてなしていたのは泰麒だけではなく、衣装合わせを終えた李斎もそれにあたっていた。そして延王と李斎の二人は、四阿から少しばかり離れた桜の巨木の下に立っていた。
　あの二人が二人きりになって少し時間が経ち過ぎているように泰麒には思えた。李斎は明日から、自分の大事な主の妻になる女性だ。そんな女性が他の男性とあまり長く一緒にいるのは、どことなく不穏なものを感じる。
　そんな泰麒の肩を、延麒はポンと叩いた。
「心配するこたねえよ。尚隆もこの期に及んで不埒な真似なんてしやしないから」