若木

　驍宗はその男を気に入った。
　その男とは、今回の謀反を企てた叛徒の頭目のことである。
　禁軍を率いて文州の州都に至った驍宗は、州城の手前に陣を敷いた。そして使いを出して叛徒に話し合いに応じるよう促した。各々の伝令が何往復かして、驍宗の陣と州城の間に広がる閑地の中に天幕を一つ設け、その中で両者の代表者が話し合うこととなった。
　「天道」や「王の威信」など抽象的な概念はわからなくても、驍宗の放つ威光を目の当たりにすれば相手も屈するのではないか。その国府の予想は半ば当たっていた。初めての会合の際、驍宗は叛徒の一人一人を、その苛烈な光を宿す赤い眼でひたと睨み据えた。その視線に当てられた叛徒は、次々に、思わず身体が動いてしまったという風にその場で膝を折り地に伏した。
　しかし、ただ一人、若い男が驍宗の視線を真っ向から受け止め、一瞬睨み返した。それから折り目正しい跪礼をして見せた後、再び立ち上がり驍宗を真っ直ぐ見つめて言った。
「戴国では、伏礼は勅令で廃止されたんですよね」
　この若者の言葉に、驍宗以外のその場に居た者達は息を呑んだ。
「そうだ」
　驍宗は太い笑みを浮かべた。
「お前は礼を失っていない」
　若い男は、固唾を呑んで見つめている仲間達に目線で立ち上がるよう促し、彼らは若い男に対する感嘆の表情を浮かべながら立ち上がった。
　ほほう、この男が頭目か。面白い――。驍宗は、思惑が外れて焦り気味の下官達を尻目に悠然と椅子に腰掛けた。その間、若い男は終始驍宗に挑みかかってくるような視線を向けていた。
　この若い男が頭目だとわかって、国府側の者達は少し意外に思った。天幕の中に入ってきた叛徒は揃って巨漢であるのに対し彼だけが一回り小柄だったし、最も年少に見えたからだった。
　ただ、頭目だ、とわかって相対してみるとそれはそれで納得がいった。劣るかに見えた体格も、肉のつくべきところにしっかりと肉がついていた。そして敏捷な獣のような体つきをしており、図体ばかりが大きい他の者とやりあっても強さで勝っているようだった。立ち居振る舞いも他の者のように粗暴なところはなく、それが一見おとなしそうだと思われたのだが、口を開いてみればこんな辺境に珍しくそれなりに教養をそなえており、頭の切れる人物だとわかる。それに何より、その気迫。独立などと前代未聞な事をしでかそうとするだけあって、この男はなかなか凄まじい覇気を纏っていた。
　これではまるで――。話し合いが進むにつれ、国府側で密かにささやく声があった。

「どうした。蒿里」
　話し合いを終え、自身の天幕に戻ってきて休息を取っていた驍宗は、側に従う泰麒に声を掛けた。
「いえ。……なんだか驍宗様、嬉しそうだなあと思って見ていたんです」
「そうか」
「何をお考えでいらっしゃったのですか？」
「ああ、あの男――叛徒の頭目の事だ」
　泰麒は二、三度まばたきをし、考え深そうに驍宗を見てから言った。
「あのう……逆賊のことをこう言ってはいけないのかもしれませんが……。お若い頃の驍宗様って、あの男と似ていたのではありませんか？」
　驍宗は破顔して頷いた。相手が逆賊ゆえおおっぴらには言えないが、あの頭目はまるで主上のようだと囁く者は多かった。
「まったくだ」
　笑いながら泰麒に視線を向ける。
「年齢で言うなら、蒿里、お前と同じくらいだな」
　あの男が仙籍にないことは確認してあった。泰麒より少し年長に見えるが、泰麒が成長を終えた時期を考えれば二人はほぼ同年代と言える。
「では、『庠学の生徒』とも同じくらいの年ですね」
「そういうことになるな」
　――この年頃、私は何をしていたのだったか――。
　これを機に、驍宗は若かった頃の自分を思い起こしはじめた。