梅花

　李斎は一礼して部屋に入ると、驍宗の許に近づいた。いつもならば、彼は座ったまま家臣を机に迎える。しかし、何故か彼は李斎が近づくのに合わせて自分も立ち上がった。
　机をはさんで双方立ち上がって見つめあう形になり、李斎はやや戸惑う。そんな彼女を少々悪戯めいた目で見ながら驍宗は口を開いた。
「先に冢宰と天官長、それから花影に確認を取った」
　それは何を――と李斎が問い返す前に、彼は言葉を続ける。
「民に、王の個人的な慶事を祝う用意はあるか――、と」
「はあ……」
　驍宗は静かに笑みつつ、机を巡って彼女の側へやってきた。彼女は怪訝そうな表情を浮かべながら、彼に合わせて身体の向きを変える。彼女の真正面で立ち止まった彼は、ゆっくりと瞬きをし、笑みを消した。そして、真剣な表情で彼女をしばし見つめる。
　彼の真紅の瞳は、激しく燃えさかる炎のようにも見えた。ただ、彼女は彼の瞳がわずかに湿りを帯びているのに気付いた。そのため、その紅の瞳は、炎が上がっているというよりむしろ、見るものを優しく包み込む温もりがその中に篭っているようだと感じた。　　
　彼はしっかりとした口調で彼女に告げた。
「愛している」
　王の告白は、これ以上足すものも引くものもない簡潔なものだった。
　李斎は大きく目を見開く。結ばれていた唇も、そこに込められていた力を失い微かに開く。
　少しの間、彼女は彼の言葉の意味を捉えあぐねていた。その意味を理解したとき、彼女は胸の奥底からとろりと、甘いものが湧きあがったような気がした。
　彼女の心の動きは、その顔にも表れる。目を見開き唇をほどいたまま、眉根がほんの僅かだけ寄せられ切なげなものとなった彼女の顔を、男は陶然とした思いで見つめていた。
　彼はそっと彼女の左手をとる。彼女は、彼の手もまた、常に無い湿りと熱を帯びていることを、心の片隅で感じた。
「だから――」
　彼は再び声を発した。彼女の左手を引いて、自分の胸に彼女を抱きとろうとしながら続ける。
「妻となって欲しい」
　彼に手を引かれるまま、彼女の身体はしなやかに彼の胸へとおさまろうとする。
「そう、王后に――」
　――王后。その言葉がでた途端、彼女の身体が強張った。男の胸に引き寄せられつつあった体は均衡を失い、彼に取られていた左手以外に腕のない彼女はなすすべもなくずるずると床に倒れこんでしまった。
「大丈夫か？」
　崩れ落ちた李斎に合わせて、慌てて驍宗も膝をつく。
「ええ……。あ、はい……。申し訳ありません」
　呆然とした顔の男に、困惑した顔の女が答えた。
　彼女を支えようとして彼は彼女の手を握り締めており、彼を支えにしようとした彼女も彼の手を握り締めていた。そのまま固く手を結びながら、ほどくきっかけを双方見つけることができない。
　そうやって手を取り合いながら、床に膝を着いたままの二人の間に、気まずい沈黙がおりた。