一国の獣------二

「そうだ、この騶虞を戴に差し上げよう」
　そう言うと、利広は乗っていた騶虞を「おいで」と部屋に招き入れた。
「え……？」
　驚く李斎に利広は「撫でてやっても大丈夫」と請け合った。
「とても人慣れしていますからね」
　計都では到底考えられないことで、李斎はおそるおそるその艶やかな毛並みに手を滑らせる。猛々しさから想像もつかない滑らかな心地よさだった。
「差し上げるのは構わないけど、どうして急にそんなことを仰るの？　お兄様」
「折角のよしみを結ぶ機会だからね。昭彰に泰麒を探しに崑崙に行ってもらったくらいで、わざわざお礼にお越しになられたんだもの。全然大したこともしてないのに、足を運んでこられたのだから、こちらも何か差し上げてもつりあいはとれると思うよ」
「恐れながら」
　李斎が割って入った。
「卓朗君には大したことがないとおっしゃいますが、戴国にとっては非常に意味のあることでした。こうしてお礼に参上してもまだ足りないくらいだと思っておりますのに」
「いや、実を言いますと、僕が騶虞を持つのに家族は良い顔をしないもんでね……」
「だって、どこへ出かけていくかわからないんだもの」
　文姫がむくれるのを横目に利広は続ける。
「それなら持つのにふさわしい人に持っていてもらいたいものだな、と思ったんですよ。それに国主が騶虞を持っていれば、それだけ国の格もあがるというものだからね」
「国の格……」
「ですからね、これを機に是非泰王にこの騶虞を差し上げようと思うんです」
　貴重な騎獣であり、そう簡単にやり取りできるものではないのに、利広はにこにこと微笑みながら気安く話を進めようとする。李斎の方は慌てて首を横に振った。
　他人に物を――それも高価な物を――軽々しく貰うことへの抵抗がまずあった。それに、驍宗が禁軍将軍であった頃はともかく、今は一国の王として文官のような仕事の方が多い。こんな凝った騎獣は必要ない。
　それに何より、先ほどから李斎に身を委ねたかのような、人懐こい、気性の柔らかなこの騶虞は、驍宗には似合わないような気がしたのだ。
　――主上の騶虞はやはり計都のような……。
「ご厚意は大変嬉しいのですが……。やはりお断り申し上げ……」
　と李斎が再度断りを入れようとするのを、利広がやはりにこやかに遮った。
「騶虞の引き立て役に終わる者は数多いが、騶虞を自分の引き立て役に出来る人間はそうそういない。泰王はその数少ない内の一人です。后妃、貴女も横に騶虞を控えさせた往年の驍将ぶりを、再びその目でご覧になりたいと思いませんか」