一国の獣

　李斎は目を細めた。緑深い蓬山の記憶が蘇ってくる。人目を引くとともに、その姿を見た者が讃嘆の声をあげずにはいられない美々しい武将の姿とともに。
　武人として鍛え抜かれたその肉体。かといって決して厳ついわけではない。端正な風貌と怜悧な目元は、彼が武芸だけの粗野な武人ではなく、高い品格を備えていることを物語っていた。文武ともに非凡であることが伺え、本人もそれを十分自負しているようで、その強い視線には尋常ならざる覇気が現れている。
　特に計都を従えて歩く様は、一層迫力があった。騶虞の持つしなやかさと獰猛さを、まるで揃いの服でも纏ったかのように驍宗も身につけており、この時の驍宗の姿は一幅の絵のような見事な驍将ぶりだった。
　このような李斎の観察は一人の武人としてのものだが、他の女たちは違う印象を受けたものらしい。
　逞しい男が、簡素な武人姿に、髪も結わず無造作に括っただけの姿でいるというのは、多くの女性の心を掴んだようだった。噂では、少なくない数の女仙たちが彼の姿に胸をときめかせていたとか。
　皮肉なことに、泰麒を通じて親しくなることができた李斎は、彼にそのような浮ついた感情を持つことが出来なかった。接する機会が多くなればなるほど、この男の覇気の鋭さに緊張させられることが多かったからである。
　あらゆるものに自信を持ち、思い通りにやってみせるという覇気が、ふとした表情に、言葉の端々に滲み出る。幼い泰麒が怯えてしまったのも無理からぬ話だと彼女は思う。あの覇気は、彼の身体の中で燃え盛る炎のようで、うっかり触れるととんでもない火傷を負うのではないかという幻想に、彼女自身もとらわれることが度々あったからである。
　そんな恐ろしげな男に恋してしまったのはいつのことだろう。李斎は昔のことを回想しているうちに、目の前の利広たちを忘れて、ますます自分と驍宗との過去に入り込んでしまう。
　利広と文姫は、李斎が騶虞を受け取るべきか迷っているのだろうと思って、特に話しかけなかった。
　彼女は記憶の糸をたどり始める、彼女の恋は、少なくとも騶虞を乗騎としていた頃の、彼の美々しい驍将ぶりに端を発していたわけではない。
　――それよりもむしろ――。