友人の声

　李斎は牀榻の中で何度も寝返りをうつ。悔しくて眠ることが出来ないのだ。
「まだ怒っているのか」
　隣で寝む驍宗から声が掛った。
「当り前でございましょう。私のことはいくら何を言われても構いません。でも、主上に関しての供王の、ああも悪意のこもったおっしゃり様、李斎は悔しくてなりません」
「…………」
　李斎は寝所として宛てられた部屋に戻るなり、何度も同じ言葉を繰り返していた。「悔しい」と。
「主上。主上は腹立たしく思われないのですか？　供王は表面的で断片的な事実しかご存じではありません。そこから結論をだして、主上をあんな風に断罪するなんて……。しかも我々は未来に向けて、民を幸福にするため日夜努力を積み重ねて参っておりますのに、それを否定するかのようなあのお言葉」
「李斎」
　驍宗は静かな声で諭した。
「言葉は正しく受け止めるべきだ。供王は、未来に向けた努力自体は否定しておられぬ。『それは結構』と言っただけで、関心は向けなかった。それだけだ」
「ですが！」
「……李斎、茶でも飲もうか。少し落ち着いて話すことがある」
　驍宗はそう言うと牀榻から外へ出、窓辺に置かれた卓に向った。李斎も未だ憤然とした様子で、驍宗の後について卓についた。
「供王は――」
　驍宗は今日初めて、供王について言及を始めた。李斎には茶器を持ったまま彼を見詰める。
「供王は、私と先の峯王とを重ねて見ておられるのだと思う」
「そんな……。峯王は自ら民の生命を奪った王だったのですよ。明らかな失政であったと、公主であった慶の祥瓊殿も認めています。諸国の官の間でも、そのように解されていると、花影も申しておりました」
「人はえてして過去に見知った者で、未知の者を推し量るものだ。峯王と私と、違うところを探せばそれは簡単に目につくかもしれないが、同じところもあるだろう」
「主上と峯王と何が同じだとおっしゃるのです？」
「自らを正しいと信じて疑わなかったところだ」
「…………」
　李斎は何か言いたかったが言葉が出なかった。違う、と彼女は言いたかった。先の峯王が周りの諫言をことごとくはねつけていたのに対し、驍宗には諌める者がいなかったのだ。彼が正しすぎるほど正しかったが故に。諌めを受けずに国を荒らしたと言えば、それはそうかもしれないが……。
「さあ、もう寝よう。明日に差し支える」
「明日はもう出立するだけです。少々眠りが少なくても構いますまい」
「いや、私は明日、もう一度供王とお話するつもりだ」
「一体何を……。かように一方的に罵られて、今更何のために供王にお会いになるのです？」
　驍宗は軽く笑って言った。
「罵られるためだ」